NHK美の壺/長崎の教会 ☆☆ 13/10/31

<早春、長崎の玉手箱をたずねて>

高校の修学旅行は巡礼の旅だった。広島、萩、長崎と、人々の想いの跡をたどり、みなでハレルヤを歌う。ほかにおぼえているのは教会建築だ。

広島の世界平和記念聖堂は、厳かな篤さへの畏れ
長崎の日本二十六聖人殉教記念館は、濃い篤さへの驚き
そして大浦天主堂は、透明な篤さへの憧れ

当時は村野藤吾や今井兼次の名も、建築史も知らない。教会に宿る想いがすなおにからだに到達する。それは空間のすみずみにわたり、あるいは部分、石や木の素材、重厚な扉の取手や敷石に、ステンドグラスを透る光にも。

長崎の小旅行が楽しみだ。木造の擬洋風あり、石造り、レンガ造り、漆喰塗もあり。多様さに酔いしれよう。ふとヴェネチアの教会群を思いだした。時代も構法もテイストも様々に、きらきらとした空間が島々のごとく集散する。玉手箱につまった石をあさる、指の感覚。ひんやりした翡翠、丸みの優しい、うす桃の斑入りの石。冬があけるころ、長崎の玉手箱をあける。