秋野不矩美術館

春麗らかな四月のある日。桜とのぼり旗が交互に並ぶ川べりを、物見櫓が見渡しています。物見櫓というにはいささか大きく、アイゼナッハの要塞のようですが、幽閉されたルターを思わせる不気味さは全くありません。松の木に囲まれ、すこし傾げた表情がおおらか。秋野不矩美術館に行ってきました。
・美術館に至る坂道には木の柵がめぐり、木板が土止めや溝を覆っています。はじめに土の壁、石の屋根、そして木の扉と、素材の風合いが春の日差しで照らしだされました。おのずと歩みがはやまります。
・土の壁は地面から生え、内部には見切りがことごとくありません。光を湛える漆喰の壁と天井、木の開口、ざらざらとした床。部位が違おうと素材すら違えども全てがつながり、それでいて凛としています。焼杉の柱はどこか不器用な面持ちで、空間を圧することなく櫓を支えていました。
・常設展示室1:スリッパを脱いで作品の並ぶ回廊へ入ると、真直ぐな白い空間です。やわらいだ自然光が降り注ぎ、足元は藤のござ。空間全体が、素朴な人物像を鑑賞するのにほどよい人肌のやさしさに仕上がっています。
・常設展示室2:大作を正方形の各辺に配した主展示室。桜の花びら色をにじませたような床の石。その感覚がほしくて思わず裸足になりました。靴、スリッパ、靴下と脱ぎすて、春のやわらかさとつめたさを知り、からだの感覚を取り戻す。禊とよんでもよいものでしょうか。すり足で繰り返し作品に近づいては離れると、足裏のからの感覚が天窓の方形の光に吸い込まれ、昇っていくのでした。
丘にでるとウグイスが近くに聞こえます。凍える季節があったことなんて忘れてしまったようでした。