お早くご乗車ねがいます 阿川弘之 ☆☆☆

百ファンは作家にも一般読者にも多く、出会うたび親近感を覚えます。学生のときには退屈だった「阿房列車」も今では手放せない一冊ですが、「ご馳走帖」のほうが面白いと思っています。
本書の列車の旅は昭和30年代前半、私の両親の幼いころにあたります。今、窮屈な大江戸線の中、地下何十mもの都市の底から、戦後の日本に思いを馳せています。
阿川弘之の文、物足りない気もしますが、戦後版「阿房列車」だと思えばこんなものでしょうか。とかく事件のない旅路、ちょっとした他人の観察を織り込みつつ描く紀行文は、難しいジャンルです。瀬戸内の船旅を書いたテクストは、「ポワーン」という船の汽笛そのもののように、のんびりした旅情が表れていました。このあたりからようやく旅の世界に引きこまれ、これぞ紀行文、と思い始めました。「ヤヤッ」「むむつ」といったサビやコブシはありませんが。
エッセイは教材としてはもってこいですが、作家の力量をこれだけでは見極められません。代表的な、短い良作が見つかるとよいのですけれど。