海からの贈物 アン・モロウ・リンドバーグ 吉田健一(訳)☆☆☆☆

すべての女性たちへ
この島には空間がある、時間がある―生真面目な良心は世界におしつぶされ、静かな心は日常に駆り立てられる。私たち女性はもう、枯れ果てるまで自らを与えてきてしまった。同時に、与える術を知らず、途方に暮れてもいる。コネチカットの生活を離れ、アンは島でひとときをすごす。―或る種の力は、我々が一人でいる時だけにしか湧いて来ないものであって、芸術家は創造するために、文筆家は考えを練るために、音楽家は作曲するために、そして聖者は祈るために一人にならなければならない。しかし女にとっては、自分というものの本質を再び見出すために一人になる必要がある。

失われた日の出貝へ
それはとうの昔に砕け散ってしまった。身体に刺さり、肉塊にのまれた欠片がうずいては、夢の中、必死にそれを集めようとする自分を見つける。全く無駄だと知りながらどうにも止められないのだ。アンはいう。―人間的な関係も島のように、海に囲まれ、海に割込まれて、潮が絶えず満ちて来たり、引いていったりしている。―波間に砕けた貝は、二度とよみがえらない。あの乳白の表面、そこにのびる薄紅の三本の線は、夢の描いた後付けの過去。恒久に執着するまやかしの夢は、断続を受け入れる強さに変わらなければならない。

内なる芯
「遠い朝の本たち」で本書を知った。アンの内なる芯と、須賀敦子のそれは、あまりに強く、頑なにすら感じられる。自分自身の芯はさほど強くはない。しかしどういうわけか、彼女たちにひどく共感する。礼賛するというよりも、「そんな気苦労しなくてもな」と小石でも蹴りたい感じ。ただ、私はまだまだ若い。本当の意味では彼女たちの芯と言葉を理解してはいない。