ディズニーの隣の風景 オンステージ化する日本 ☆☆☆

なにかもがイベントだ。農業、山歩き、料理、飲み会。当たり前だったはずの生活が、すべて商品化されている。そう仕立てなければ人の関心が向かない、商売にならない、自分の意味がない。強迫的な連鎖。「オンステージ化」する日本に辟易している。
幸い、アイスランドは「オンステージ化」には程遠い。観光名所で入場料がことごとく求められないことは、それを端的に示すのかもしれない。景色が目まぐるしく展開する。一日は長く、天気は気まぐれに変わる。世界中の時間と場所が凝縮する国。キャンピングカーが並ぶ絶景の滝があれば、それと見まごうほどの滝があちこちに出現する。天に浮かぶ夕焼けの氷河にも、レンズを慌て向ける必要がない。長い夕暮れをすべるように、風景は車と併走する。ここには、圧倒的な自然の変化が、ありのままに在る。
アイスランドの人は(といっても羊以外の生き物にはほとんどエンカウントしないので、人間といえば観光業の人ばかり)流暢な観光英語にも関わらず、商売気がさほどない。まっすぐな瞳の人が多いと思う。素朴な幸せに恵まれているのだろう。日本からきた私たちはどうだろう。泥だらけの4WDで悪路を行く。朝から、夜は10時まで日の残る限り、軍隊さながらの遠征。風景をハンティングして始まった旅だったが、いつしかそれを諦めてしまった。私たちがそのまま、すっかり島にとりこまれたのである。
島はまだ団体客には占拠されていない。二人連れのヒッチハイカー、老齢夫婦のキャンピングカー、私たちのような4WD。島を一周する道は険しい。リングロードと呼ばれる国道1号線ですら、ガードレールも街灯もない。それでもアスファルトだけは敷かれている。ただひとたび国道を外れれば、礫と霧のHIGH DANGEROUS ZONE。車の保険の適用外である。悪路にも関わらず法定速度は90キロで、ときおり大型バンすら行き交うのには驚いたが。アイスランドの税金が高いとはいえ、人口密度が低いうちは、道路の整備にも手が回るまい。中国から団体の波がくるまで、幾ばくかの猶予がありそうだ。
アイスランドも日本も、第二次世界大戦を経てようやく近代化した国である。(アイスランドの独立は1944年)一方は高度経済成長、バブル、失われた二十年を経験し、今「オンステージ化」する。他方は一度の経済破綻を経験したものの、依然シンプルな国。分かれ道は、人口密度の決定的な違い、それによる社会の複雑度と効率の違いだろう。「百年前には、アイスランドはヨーロッパで一番貧しかったんだ。」誇らしげに彼らは言う。