にぎやかな湾に背負われた船 小野正嗣 ☆☆

小説然とした作品。長閑な「浦」の過去ー大きな歴史と小さくとも濃い個々の時間ーが次第に暴かれ、「わたし」のいまへとつながる。現代の都会っ子には、不気味な後味が残るだろう。読み手が安易に同調できないところが、この小説を作品たらしめる。惜しむらくは、浦の物語を暴きつくした感があること。小説としての予定調和的なまとまりが読後に残った。時間のもつ無意識の悍ましさ、のような余韻があれば、と思う。
表現はめりはりがあり、ざくざく読み進められる。ただあまり品がない。老人四人組の会話は、読者に息抜きを許す役を担うのだが、妙に芝居めいている。逆に濃厚な表現が畳み掛けるのは、「わたし」が描く不気味な海の情景。2、3行ごとに比喩があるものだから、「まるで・ような警報」を発令したいほど、疲れ果てた。
とはいえ、久々の、骨があり、血と肉のある作品。(単に好みの問題で☆数が少ないが、)大いに刺激を受けたことは間違いない。
第15回三島由紀夫賞朝日文庫
ついでに柴田元幸の解説について。「旅は寄り道」という何の変哲もない書き口だが、親切で明快な構成のテクスト。必要以上のことはいわずして、きちんと伝えている。書評と解説の役割の違いを再認識した。