小説

ひとり日和 青山七恵 ☆☆☆

好感のもてる素直な小説。単純ではなくとらえやすくもない二十歳の主人公の視線に、思わず自分のそれを重ねてしまう。 それにしても本屋に平積みにされた文庫をみると、ほんと「ひとり」だらけの日本なんだな。私は、梶井が檸檬を置いた、あのころの本屋にい…

旅先の本 「11分間」☆☆☆ 「自由の牢獄」☆☆☆☆☆

「11分間」コエターリョ☆☆☆ 読み終えて半月がたった今、九月となっては、実はさほど印象に残っていません。 「自由の牢獄」M・エンデ☆☆☆☆☆ 空間のゆがみ、夢の引力。凝縮された世界は果てしない磁場を得て、身体にも精神にも食いこみ、消えることがありま…

鉄の骨 池井戸潤 ☆☆☆☆

良質なエンターテイメント。加速するストーリー展開は心地よく、そこにさり気なく張られた伏線は実に上手い。 読み始め、小説のリアリティをついつい査定してしまったゼネコン勤めの私も、いつのまにかドラマにのめり込み、一気に読了。

「わかっていて」読んでしまった本たち ☆

多忙な時期、読書は易きに流れる。こういう読書を時間の消費という。慰みにすらならない。反省。絶対泣かない/山本文緒/☆を所詮つけられないとをわかっていながら。働く女性、そんな単純なもんかしら、時代差かもしれない。再婚生活/山本文緒/ウツ療養中…

鍵のかかった部屋 ポール・オースター ☆☆☆☆

ひさびさのオースター。自己/他者、追うもの/追われるもの、過去にとらわれえる現在/現在がつくる過去、一人称/三人称の相克。そうそう、この感じ。明快な構図は好みだがやや物足りない。南米系の迷宮がそろそろ恋しい?ねじれ、ゆがむ、あの空間、時間。

星への旅 吉村昭 ☆☆

気がつけば、女性のエッセイばかり読んでいたので、気分転換。もの書くために、生まれる人もあるのだなあ、と毎度のごとく感心する。けれども読書中断。電車に轢かれたり集団自殺だったりすでに棺の中にいたり、やはり精神衛生上よろしくない。いきいきでき…

朱の丸御用船 吉村昭 ☆☆☆☆☆

村の文学 読みかけたままにしていた「朱の丸」を再び手にとる。「村」の文学に久しくお目にかからないと、前出の「アヘン王国」できづいたためだ。「一人称単数」の独善にすぎる、ややナルシシズムなお手頃小説とはちがう、人間関係の厚みが村にはあるだろう…

レキシントンの幽霊 村上春樹 ☆☆☆☆

なにもかも、脈略のなさそうなこと、それがなぜかぽつぽつとつながってくること。とてつもない悪意や孤独、ナンセンス、平常や諦め。村上春樹らしさが端的に感じられる良質な短編。

すき・やき 楊逸(ヤン・イー) ☆☆☆

うん、面白いです。主人公、かわいいです。歳とって冷め切った自分を思わずふりかえってしまうのでした。

ザルツブルク 祝祭都市の光と影 池内紀 ☆☆☆☆

小さく地味だが誇り高い街、あるいは異形の街。「特ニ記スベキ何事モナシ」、と、『ザルツブルク幻視行』は始まる。歴史であり、エッセイ、小説でもある。こういうものを、描きたい。こういう体感のために、きっとだれもが旅をする。 何事もない一日がやがて…

ベロニカは死ぬことにした ☆☆☆☆

ベロニカは、人生において、行動を起こす瞬間こそが全てだと知っていた。そしてそれが証明される時がきた。−彼女は、睡眠薬を多量に摂取し―そして今がまさにその瞬間で、最後までたどりつけたことが嬉しかったものの、わずかに残された時間をどうしたらいい…

アルケミスト パウロ・コエーリョ ☆☆☆☆

旅をもとめて、居場所をもとめながら。語りかける、夢の残滓。「星の王子さま」を思わせる前半は☆5つ。まだ純な羊飼いの少年が、人々とであい、自分自身ともむきあう過程です。錬金術師に出会ってからの後半、少年は、砂漠、自分の心、ついには「大いなる魂…

鏡のなかの鏡―迷宮ミヒャエル・エンデ ☆☆☆☆

新実南吉童話集(岩波) ☆☆☆☆

アイは紙一重。愛と哀のことである。夭逝した作者の弱さと強さ、その両方がうつくしい語りに結晶化されている。ただ、うつくしいだけではない。どの小作品にもひやりとするものがある。純粋では割り切れない子供の一面や、ややもすると時代においていかれる…

ユタと不思議な仲間たち 三浦哲郎 ☆☆☆☆

三浦哲郎にはいつも、「うた」がある。東北のすこしもの悲しい「詩」が、のびやかで小気味よい「歌」となった、児童文学。純粋さにちょっと大人びたところの混じった主人公、キャラ立ちした座敷わらしたち。私も仲間にしてほしい!大人って、仲間のいない生…

蜘蛛の糸 芥川龍之介 ☆☆☆☆☆ 

なんてことはないあらすじで、わずかなできごとを描くのみ。その中で登場人物の思いの辿り道は屈折し、それがわかりすぎるくらいに読み手に伝わる。すごい。人間に、物語に気骨を感じる。やっぱり、芥川龍之介がすごい。(収録)鼻/芋粥/蜘蛛の糸/杜子春…

銀河鉄道の夜 宮澤賢治 ☆☆☆☆☆

なにげない言葉が、ひとつひとつ、こころによりそう。 (どうして僕はこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あつこの岸のずうっと向こうにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしず…

銀の匙 中勘助 ☆☆☆☆☆

玉手箱である。浦島太郎はどんな心地でそれを開けたのか。カイヨワはいかにそこに、あれほどの宇宙を込めたのか。か細く、失われたものたちが遊ぶ時空間。本作では、玉手箱の蓋が自ずとやさしく開かれる。さっと薫るのははるかぜか、蛤のみせる夢か、呼び覚…

ジャージの2人 長嶋有 ☆☆☆

うちの親子みたい。霧島に籠る、元カメラマンの父と、脱サラ気分?の娘(長男役)。昼からワインと暖炉の生活、変な虫はでませんが鹿がお花を食べちゃいます。はやく山にまた籠りたい!ちなみに、ジャージはきていません。小気味よくて面白かったです。

象と耳飾り 恩田陸 ☆☆☆

往復書簡、という作品名が目にに飛び込みました。続いて給水塔、曜変天目。私のために用意されたかのような言葉の並びで、本書を手にとりました。よい天気です。今から、野方給水塔にお散歩でもいこうかな。幽霊スポットの哲学堂もいいかもしれない。名前と…

手鎖心中 井上ひさし ☆

井上ひさしっぷりを愉しむ。ただこの結末はどうだろう。単なる好みの問題かしら、お芝居でみたら面白いのかしら。最近、☆のつけかたは、やや辛め。

窓をあけると 池部良 ☆

エッセイのつもりで読んだところ、実はさまざまなな人のショートストーリーでした。それもまた新鮮。1編、2000字程度。ちょっと江戸気質なおじいさんの、些細な失敗談・グチものが多く、私はそもそも読者層からはずれている? とはいえ家族ネタが書けるのは…

ふなうた 三浦哲郎 ☆☆☆☆☆

(お断り)酔って書いています。ゆえに駄文ですが本音です。 今年さっそく、☆五つ。こんなに詩情ある作家が日本にいたとは、知りませんでした。時を経て滲み出るもの悲しさと、深まる優しさとが溶け合ってました。 ただ残念ながら、私にはまだ、「時間を経る…

ポトスライムの舟 津村記久子 ☆☆☆ 

登場人物と作者、読者(同年代の、働く女性。昔の小説では登場しえない女性ということだ。)の距離感が、べたりとせずに、さらりとしている。主人公の、自分自身に向ける視線すら、ときに第三者を観察するようだ。 「ポトスライム」にも、「十二月の窓辺」に…

にぎやかな湾に背負われた船 小野正嗣 ☆☆

小説然とした作品。長閑な「浦」の過去ー大きな歴史と小さくとも濃い個々の時間ーが次第に暴かれ、「わたし」のいまへとつながる。現代の都会っ子には、不気味な後味が残るだろう。読み手が安易に同調できないところが、この小説を作品たらしめる。惜しむら…

族長の秋 G・マルケス ☆☆☆☆

2012年初の小説は、久々の南米文学。執筆に八年(1968-75年)をも費やたという大作である。同時期の「百年の孤独」(1967)よりテーマは明快だが、滔々と時の流れる「孤独」に比べ、内容・文体ともにがさがさとした感じを受けた。マルケス自身の生みの苦しみも含…

対岸の彼女 角田光代 ☆

そうそう、と共感することは心地よく、なにより安全だ。それこそ女の子たちの会話の基本である。女子校12年間のあの異和感を思い出しながら読んだ。だが発展的であるにはちょっとした異物が必要だ。読書における、作家の世界観に対する不快感であったり、対…

サクリファイス 近藤史恵 ☆☆

江古田のジャズバーのマスターに薦められた一冊。おもしろかった、素直に。勝負のかけひきとはちがい、少々小説も言葉も平坦ではありますが。

地下室の手記 ドストエフスキー ☆☆☆☆

いや、それより…というのも…そこで…とにかく…だとしたら…もし…なるほど…だが…ところが…あるいは…だいたい…しかし地下室の逡巡はつづく。「意識は病気である」。ひとたびその病に罹ると(本当は誰もが罹っているのだ)、かようになるのだ。「ドストエフスキー…

ともえ投げアルマジロ 『青肉』

パロディ的な要素、やや特殊すぎるが魅力的な登場人物たち、希望のある結末など、いろいろな側面が丁寧につくられています。作者のもつ誠実さを読み取りました。作者の世界観や意に反するかもしれませんが、失礼を承知でわたしなりのつづきを書きました。ひ…